大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15359号 判決

原告 大野順夫

被告 株式会社読売新聞社

右代表者代表取締役 小林与三次

右訴訟代理人弁護士 大山菊治

同 表久雄

同 渡辺洋一郎

主文

被告は原告に対し金三〇万円およびこれに対する昭和四四年一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

原告は「一、被告は原告に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二、被告は、被告の発行する「読売新聞」の夕刊全国版各版第一一面に別紙記載内容の謝罪広告文を別紙記載要領に従って一回掲載せよ。三、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

被告は、「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(請求原因)

一、被告は全国的に読者を有する「読売新聞」の発行者であるが、昭和四二年七月一九日付同新聞夕刊第一一面紙上において「手形センターに火炎ビン強盗」との見出しをつけて別紙本件記事記載の記事(以下本件記事という。)を掲載した。

二、しかしながら、原告は政府・自民党の第三次防衛力整備計画等軍事政策の強化に反対し日本国憲法第九条の理念を実力をもって擁護することを目的とし、東京都千代田区丸の内二丁目三番地東京ビル一階、株式会社三菱銀行手形センター(以下「手形センター」という)において三菱コンツェルンの軍需拡大の動きに抗議するデモンストレーションを昭和四二年七月一九日午前九時四〇分ころから数分間行なったのであって、原告を逮捕し身柄拘束のうえ取調をした警視庁丸の内警察署も放火未遂被疑事件の被疑者として取調をなし、東京地方検察庁検察官も右事件につき建造物侵入威力業務妨害被告事件として公訴を提起し、東京地方裁判所もまた建造物侵入威力業務妨害罪により昭和四三年一〇月一日懲役一年執行猶予三年の判決を言渡し、右判決は確定している。

三、以上のとおり原告は財物を奪うためでなく前項記載の目的から右デモンストレーションを行なったにもかかわらず、本件記事には「手形センターに火炎ビン強盗」と見出しがつけられ、したがって右記事の本文内容自体も原告が「強盗」を働いたような印象を一般読者に与えるようなものとなり、これにより原告の名誉は毀損された。

四、しかして本件記事は被告新聞社の取材記者訴外東宮哲哉が取材し、被告新聞社の整理部員(氏名不詳)が見出しを付して掲載されたものであり、右はいずれも被告新聞社の業務の執行としてなされたものである。

五、ところで、原告は都立九段高校を経て昭和四一年三月東大文学部国史学科を卒業したのであるが、昭和三四年頃より反戦平和運動に強い関心をもち、右高校生徒会中央執行委員長として同生徒会を代表して「原水爆禁止高校生徒会連絡協議会」に正式に参加し、東大入学後もいわゆる「日米安保条約反対斗争」に積極的に参加したほか、東大教養学部学生自治会の常任自治委員として各種の集会・示威運動の組織活動に従事し、昭和三五年六月四日の国労を中心としたいわゆる「六・四スト」等に際しては青年行動隊のメンバーとして国鉄乗務員の「獲保活動」に参加し、また日本全国に反戦の拠点をつくるため「帰郷運動駒場センター」を設立し責任者となり、昭和三八年四月同大学文学部国史学科に進学後は同学科学生を代表する自治委員として文学部自治会の諸活動に参加し、同学科関係者による「国史研究室協議会」の運動として毎年六月一五日のデモ行進に参加している。さらに、原告は右諸活動の傍、昭和四〇年九月二〇日「全日本大衆株主政治連盟」を結成してその責任者となり、右連盟の行う運動の理論的・政治的指導の任にあたるとともに、昭和四二年六月末には「日本軍国主義復活阻止青年戦線」を結成その責任者となり、政府・自民党の第三次防衛力整備計画等に反対する諸活動を展開してきた(前記デモンストレーションも右活動の一環である。)。

また、原告は本件記事掲載当時は大野商事株式会社を創立してその代表取締役となった直後であったが、その報酬は月額一五万円を得られる予定であった。

一方被告は「不偏不党」「真実の報道」を看板にし発行部数においては我国を代表する所謂「一流新聞」の発行者であって事実を知らない国民大衆の信頼は非常に大きいものと考えられるところ、それだけに前述の政治的社会的活動をしてきた原告が本件記事により政治的社会的精神的に蒙った損害は甚大にして回復困難なものというべく、経済的損害に限定しても前記収入は相当長期間望み得ずその損害額は金三〇〇〇万円となるところ、その一部の金三〇〇万円が政治的社会的損害に対する賠償額として、また金二〇〇万円が精神的苦痛に対する慰藉料として相当である。

六、よって原告は被告に対し金五〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払い、および被告の発行する「読売新聞」の夕刊全国版各版第一一面に別紙記載内容の謝罪広告文を別紙記載要領に従って一回掲載すること、ならびに仮執行の宣言を求める。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項記載の事実は認める。

二、同第二項中原告主張の日時、場所において原告が逮捕され丸の内警察署および検察庁で取り調べを受け起訴されたことは認めるが、その余の事実はしらない。

三、同第三項中、本件記事の見出しが原告主張のとおりであることは認めるが、本件記事により原告の名誉が毀損されたとの主張は争う。その余の事実はしらない。

四、同第四項は認める。

五、同第五項中被告が「不偏不党」「真実の報道」を看板にした所謂一流新聞の発行者であることは認めるがその余は争う。

(抗弁)

一、本件記事はその内容犯罪に関し公共の利害に関するものであり、被告は専ら一般社会の利益を図る目的をもってこれを掲載したものであるところ、本件記事は被告新聞社の取材記者東宮哲哉が次の経過をもって取材し掌握した事実をもととして、原稿を被告新聞社に送り被告新聞社整理部員が本件記事内容に見出しを附し掲載せられたもので真実に合致するものである。即ち

(一)  東宮哲哉は昭和四二年七月一九日午前一〇時頃丸の内警察記者クラブに出勤のため同署玄関に入ったおり警察官が次々ととび出して行き、そのうち一人(氏名不詳)から東宮は「三菱銀行手形センターでピストル強盗らしい」という話をきいた。

そこで、東宮は現場である手形センターに行き次の事実を掌握した。

同手形センターに若い男が「所長にたのんでおいた原稿をとりにきた。」と入って来て、係がとりついでいる間に男はドアの外側に「この時間立入り禁止」のふだをかけ、内側からドアのとってを針金でしばって外部から人が入れないようにした。面会に出た同所の赤荻所長がこれを見てとがめようとすると、男はアタッシェケースの中から手製の火炎ビンを取り出しビンの口の布に火をつけ高さ約二〇センチメートルの炎が出るそのビンを左手にかざし右手に大型のピストルをかまえて「男はちかよるな、ほんとうにうつぞ」といいながら、つかつかと広い事務所を横切り、とびらが開いたままの金庫室に近づきビンを置いたが火は消えた。従業員があわててとびらをしめると、男はケースからもう一本火炎ビンを取り出して点火し、それを事務所のまん中の柱にむかってほうり投げた。ビンはバウンドして女子従業員にあたり床の上にころがったが、所長代理が座ぶとんをかけて消した。その瞬間に従業員らがとびかかって男をとりおさえ、直通非常ベルを聞いて急行した丸の内警察署員に引渡した。

(二)  以上のように原告の行動は手形センターに入り突然手にしていたアタッシュケースの中から火炎ビンを取り出して火をつけピストルを突きつけるなど兇器を示して脅迫しながら金庫に近づいているのであって、かつ、右行動に際し自分の行動目的動機については何ら明らかにしておらず銀行強盗以外の目的に出でたものと認められる状況は全くなかった。したがって、原告の内心的意思はともかく、銀行強盗に類する外観を呈していた。

したがって、原告の行動を強盗と判断評価したことに誤りはない。

二、本件記事は速報性を有するいわゆるニュース記事であり、予測可能性のない突発的な事件を扱ったものであるから、充分な調査をする時間的な余裕もないままに記事としたものであるところ、東宮記者が取材当時原告の本件行動は次に述べるとおり強盗であると一般に認識せられていたのであるから当時の状況としては強盗として取扱われるのが当然であり、本件記事は不当ではない。即ち、東宮記者の右取材当時手形センターの赤荻所長は「強盗らしいからみんな集れ」と声を出して従業員に知らせており、従業員の殆んども強盗に襲われたと話合っており、丸の内署においても強盗未遂事件として調べていたようであったから一般的には強盗事件として考えられていたのである。

三、仮りに原告の行動を強盗とみるべきではないとしても、上記一および二において述べた事情のもとにおいては、被告新聞社の被用者らが原告の行動を強盗であると信じたことについては相当の理由があるものというべきである。

現に本件記事のほか同一事件について朝日新聞、毎日新聞、サンケイ新聞、北海道新聞など多くの新聞が見出し又は本文記事中に強盗として報道しているのであって、このことは原告の行動はその当時としては強盗とみられてもやむを得ない状況であったことを示すものである。

四、仮りに以上すべて理由がなく、本件記事に強盗なる見出しが附せられたことが相当でなかったとしても、法の保護の対象となる名誉は個人の主観的感情ではなくして一般社会における客観的な地位ないし評価であって真実の前には是正を余儀なくされるものであるところ、原告は本件本文記事内容のような事実で処罰を受けたのであって、強盗なる見出しが、外面に現れない原告の内面的主観的な信条に副わないものがあったとしても社会的評価の点では特段の差異がないものとみるべきである。したがって、原告に対し、右見出しのために法の保護に値いする名誉が不当に侵害されたものということはできない。

五、仮りに右が容れられないとしても、被告は東宮記者ないし整理部員の選任監督につき相当の注意を払っていたから本件につき損害賠償責任はない。

(証拠)≪省略≫

理由

一、被告が全国的に読者を有する「読売新聞」の発行者であり昭和四二年七月一九日付同新聞夕刊第一一面紙面上において「手形センターに火炎ビン強盗」という見出しをつけて本件記事を掲載したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本件記事掲載により、原告の行動が強盗と判断評価され広く報道流布されたものというべくかかる場合は一般に社会的評価の低下を来すものというべきである。

二、原告は原告の行動を強盗として掲載報道されたことをもって、原告の名誉を毀損するものであると主張するところ、本件記事本文には、強盗と表現する記載はないのであるから、右見出しを附して掲載報道したことが不法行為を構成するか否かについて検討することとする。

(一)  しかるところ、≪証拠省略≫によれば、被告新聞社においては取材記者の取材した事実をもとにした原稿がデスク(本件では社会部デスク)に送られ、そこで完全原稿とされた本文記事原稿が整理部に廻され、整理部において記事として取扱うことにきめた原稿を整理し、見出しをつけて活字部門へ廻すという過程を経るものであって、本件記事も右通常の過程に従ってなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  しからば前記のように原告に対する社会的評価が低下したことは被告の整理部員が右の見出しを附して本件記事を掲載し報道するに至らしめたことに起因するものというべきであるところ、本件記事掲載が専ら公益を図る目的をもってなされたものとみるべきことは弁論の全趣旨により肯認できるから、右見出しが真実に合致するものとの被告の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば本件記事の材料となった原告の手形センターにおける昭和四二年七月一九日の行動の動機ないし目的は政府の第三次防衛力整備計画等軍事政策の強化に反対し、もって日本国憲法第九条の精神を擁護せんとすることにあり、右の目的のため第三次防衛力整備計画の主要なにない手である三菱コンツェルンの中心的な軸であると原告の考える三菱銀行首脳部に対しデモンストレーションを行って反省を促すべく右行動に出でたものであること、およびそのため逮捕され身柄拘束のうえ放火未遂被疑事件の被疑者として警視庁丸の内警察署において取調べを受け、昭和四二年八月五日東京地方検察庁検察官により建造物侵入威力業務妨害被告事件として公訴を提起され、昭和四三年一〇月一日東京地方裁判所において建造物侵入威力業務妨害罪により懲役一年執行猶予三年の判決を受け、同判決は確定したこと、

以上のとおり認められ右認定に反する証拠はない。

右の事実によれば、原告はその手形センターにおける行動が刑法上建造物侵入威力業務妨害罪に該当するものとして有罪判決を受け、右判決が確定したのであるから、原告の所為を目して刑法にいう強盗に該当するものとすべきでないことは勿論、原告には財物を取得せんとする意図ないし行動があったと認むべき資料はないから原告の行動を強盗と評価することは誤りであるというほかはない。もとより新聞に掲載せられる犯罪の記事として表現せられる「強盗」が必ずしも刑法にいう「強盗」と完全に一致しないからといって直ちにこれを真実に合致しないとすべきではないであろうが原告の前記所為が一般常識的にいう強盗に該るともいえないのであるから本件記事の前記見出しは真実に合致するものとはいえない。

この点に関し被告は、本件記事はいわゆるニュース記事であり原告の本件行動は予測可能性のない突発的のものであるから時間的余裕のないまま記事とせざるを得ず、強盗として報道することは真実に合致するものというべきである旨主張するけれども、迅速に報道することを要求されるニュース記事である場合は、充分な調査をなし得ないままその時点において掌握された事実のみを前提として、これに対する主観的評価ないし判断を加えて報道することをも許容される余地があるであろう(この場合、その評価ないし判断の相当性が是認されるときは違法性が阻却される。この点は後述する。)が、右掌握された事実のみではなく、なお調査すれば得られるであろう他の事実をも合せて評価ないし判断すれば異った結論に達すべきものである限り、調査不充分のままなされた前記主観的評価ないし判断を不当とすべきこというをまたないから、被告の右主張は採用できない。

(三)  しかるところ、被告は被告新聞社整理部員は原告の行動を強盗と判断評価したのであり、右のように判断評価するについては相当の理由があるという。

しかしながら、本件記事本文内容から明らかなように、被告新聞社取材記者が原告を逮捕取調べをした丸の内警察署も放火未遂傷害の疑で取調べをしておることを確知しており一方原告が財物を取得する意図ないし動機をもっていることを窺わせる事実はこれを掌握してはいないことを本件見出しを附した整理部員も認識していたものというべきであり、右整理部員において原告の行動を強盗と判断評価するについて他に資料があったものとは認められない本件においては、いわゆる強盗に該るものと判断評価することは、特別な法律知識を有しないものであっても軽卒というべきである。この結論は、新聞記事に附せられる見出しは、簡略かつ端的に内容を表示し読者の注意を喚起し本文を読ませようとする意図を有する性質上多少その表現に誇張のあることも許容されるとしても左右されるものではないと考える。また、他の新聞も本件新聞と同様の表現をしていることは右結論に影響はない。

(四)  しからば本件記事に見出しとして強盗という表現を用いたことは被告新聞社整理部員に過失があり違法性は阻却されないものとしなければならない。

三、次に被告は原告において法の保護に値する名誉は害せられていないと主張するので、この点の判断をする。

一般にある行為が強盗と判断評価されることは、当該行為者が低劣な品性の持主であることを印象づけるものであって、その社会的評価は本件原告のごとく政治的動機をもって行動し、その行動について前記のごとき罪名により有罪とされたものに対する社会的評価よりなお一層低いものとみるべきであって、かかる社会的評価を与えることは個人の主観的な名誉感情を害するにとどまらず、なお法の保護に値する名誉を害するものというべきであるから、被告の主張は採用できない。

四、しからば被告会社整理部員が被告の使用人であり、見出しの表現を決定することが、被告の業務執行につきなされたものであることは当事者間に争いがなく被告が右整理部員の選任監督につき相当な注意を払っていたことの立証のない本件の場合、被告は使用者として原告の蒙った損害を賠償する義務があるというべきである。

五、よって原告の損害について考察する。

原告は政治的社会的精神的に損害を蒙りその額は金三、〇〇〇万円であると主張するが、原告主張は結局財産上の損害以外の損害を蒙ったものとしてその賠償を求める趣旨に帰着するので精神的損害に対する慰藉料の額について検討する。

原告が本件記事掲載当時年令は二五才であるところ、その学歴は原告主張のとおりであって従来原告主張の政治的信条に基き団体を結成し或いは右信条を同じうする組織に加入し右各団体の活動、運動に参加してきたこと、また大野商事株式会社を創設してその代表取締役となり役員報酬として一ヶ月金一五万円を得られるものと予定されていたことが≪証拠省略≫により認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして右事実のほか、原告が前述のとおり本件記事の材料となった行動につき建造物侵入威力業務妨害罪で有罪判決を受けており原告の動機如何にかかわらず原告に対する社会的評価は被告の「強盗」の見出しを付した本件記事によらずとも低下すること、を否み得ないことをも斟酌すれば慰藉料として金三〇万円の支払をもって原告の精神的損害を填補するに足るものとするのが相当である。

原告は原告の低下した社会的評価の原状回復手段として被告に対し別紙記載内容および記載要領に従った謝罪広告を被告の発行する読売新聞全国版夕刊各版第一一面に一回掲載することを求めているが、原告が建造物侵入威力業務妨害罪により有罪判決を受けていること前認定のとおりであり、社会的評価の低下は被告の責めに帰すべき事由のみに基くものとはいえず、前記慰藉料額をもって原告の精神的損害の填補は充分であると考えられるから他に原告の名誉を回復する処分は命じないこととする。

六、よって原告の請求は被告に対し金三〇万円およびこれに対する本件不法行為の日以後であることの明らかな昭和四四年一月一七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第八九条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 田畑常彦 江見弘武)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例